今回は、学生時代にフィリピンでのボランティアやNPOインターンを経験された藤森由莉沙さんに取材を行いました!
学生時代は海外でボランティアやインターンをしていた藤森さんは、現在その経験を活かし、子どもたちや関わる全ての人のために「できること」を模索し続けています。
何を学び、何を感じ、何を決意したのか。
途上国の子どもたちに対して持続的な支援をするためには何が必要なのか、何ができるのか。
同じようにもどかしさを感じている方に、是非読んでいただきたい記事となっています。
命の大切さを知り、生きる力を学んだからこそ
ーご出身はどちらなんですか?
藤森由莉沙さん:三重県の伊賀市です。THE田舎のマイナーな地域出身です(笑)祖父が農業兼猟師をしていて裏山を所有していたこともあって、山や田んぼが遊び場でした。
イノシシとか鹿をたくさん狩れた日は祖父からお小遣いがもらえたりと、だいぶ特殊な環境で育ちましたね。
ーそんな環境下だからこそ、得られた経験や価値観はあるのでしょうか。
藤森由莉沙さん:”生きる力”みたいなものは少しだけ、都会で育った方と比べると得られたんじゃないかなと思います。
例えば食べ物はどこから来ているのか、どうやって命を頂いてるのかって、やっぱり育った環境によってはそういうことを知る機会のないまま大人になる人も多いと思うんです。
自然から命をいただくこととか、自分が生かされていることを身近で感じる場面がたくさんあったからこそ、全てに感謝することができるようになれているのかなと感じます。
ー海外に興味を持たれたのも、その経験があったからこそなのでしょうか。結びつくところはありますか?
藤森由莉沙さん:直接結びついてはいないと思います。幼少期の経験は、今の生き方考え方のベースにはなっていますが、海外に対して興味を抱いたのは別の理由ですね。
中学生になると、メディアに触れる機会って増えていくじゃないですか。そんな時に、ユニセフの活動や紛争地域のお話をテレビで見て。あまりこういう言い方をしたくないんですが”貧しい生活を”とか”苦しんでいる幼い子どもたち”をはじめて目の当たりにしました。当時の私には何にもできないけど、「知りたい、知ることでなにかできることが見つかるかもしれない」という気持ちが湧き上がってきたんです。
また、中学の時に授業で触れた”ハゲワシと少女”という一枚の写真にも心を動かされました。アフリカで撮影されたもので、ガリガリに痩せ細った3歳ぐらいの女の子と、その子を見つめているワシの写真があって。日本にいたらそんなことは、まず起こらないじゃないですか、鳥に食べられるってありえないじゃないですか。国や地域、生まれる場所が違うだけでこんなことが日常的に起きているんだという事実に気づいて。もっと世界を知りたい、自分の範囲を広げたいと思うようになりました。
そして、語学や途上国について深く学べる大分の立命館アジア太平洋大学にある、環境・開発コースへの進学を決めました。
「知りたい」という欲求があったからこそ踏み出せた一歩
ー大学生活中に、海外へのボランティアや休学をして海外インターンを経験されていますが、きっかけを教えてください。
藤森由莉沙さん:まず第一に、まだまだ英語が話せないというギャップを感じたからですね。立命館アジア太平洋大学は、半分以上が外国人や帰国子女なので、喋れるというレベルじゃないくらい入学時から周りはすでに堪能なんですよ(笑)初っ端から心を折られてしまって、悔しくて追いつきたくて自分ももっと英語力を伸ばす努力をしようと決めました。
海外ボランティアに参加をしたきっかけは、先輩に誘われたからです。「フィリピンの短期留学支援の団体があって、セブ島で一ヶ月ボランティアに参加できるプログラムがあるから行ってみたら?」と言われたんです。
語学を学びたいという欲求と、世界を知りたいという探究心がかみ合った私は、フィリピンに行けば何かが変わるんじゃないかと思い、大学一年生の夏休みに1ヶ月の語学留学&ボランティアへ参加することを決めました。
ーセブでは具体的にどんなボランティア活動を行っていたのでしょうか。
藤森由莉沙さん:日本での学校生活と変わらず、平日は週5で語学学校に通って勉強をし、土日にボランティア活動を行っていました。
ボランティアの内容は、離島の小学校やスラム街に行って炊き出しをしたり、文房具を持っていって日本のカルチャーを伝えたりと様々です。
ーボランティアを通して、何か考えが変わったり、「知りたい」と思っていた藤森さんの心を動かすきっかけになる出来事はありましたか?
藤森由莉沙さん:そうですね。実際に行くことでたくさんのことを肌で感じることができました。でも、すべてを終えた時、残った感情は「何もできなかったな」という虚無感です。
みんなでカレーを作って子どもたちに配るなど、常にアクションはしていましたが、”今日はお腹いっぱいになったけど、明日のランチどうするのだろう。私たち以外の団体の人が来てくれるんだろうか。”と、ぐるぐる考えてしまって。
『”魚を釣って釣った魚を与える”のか、”釣り方を教えてあげるのか”、どちらが価値があるだろうか。』という有名な例え話があると思います。持続的な支援を考えるのであれば釣り方を教える方がいいと思うってみんなが口を揃えて言いますよね。
でもやっぱりそんなに簡単な話ではないんです。だからこそ、このような一時的なボランティアをする団体が多いんだろうなということにも気づいて。そんな事実をたくさん痛感したボランティア活動でした。
”もっと根本的な解決をしたい”、”本質的に、子どもたちが何年先までも不自由なく食べられるように整えてあげたい”と思うようになり、「形を変えて、方法を変えてもう一度フィリピンに訪問する」という、次にやるべきことが見えたんです。
瞬間の支援ではなく、継続的な支援を行うために
ーその後、2年間の休学を決断し、フィリピンにインターンに行かれましたよね。とても大きな決断だと思いますが、迷いや不安はなかったのでしょうか。
藤森由莉沙さん:無かったですね。本当にやりたいことだと、迷う暇もなく行動に移してしまうタイプだったのかもしれません(笑)周りに相談したところで、「誰に相談しても別に行くしな」と思っていたので迷うことはなかったです。
ー数あるNPOの団体がある中で、NPO法人アクションさんに決めた理由はなんですか?
藤森由莉沙さん:私がやりたいと考えていることを一番体現していた団体がアクションだったんです。
アクションの活動は、”子どもの可能性を育てる”、”生きる力をつける”ということをすごく大事にしていて。その想いと、私の”継続的なサポートがしたい”という想いがリンクしたんです。
アクションは”子どもの自立支援”というのを現地でやっているんですが、一時的な支援ではなく、”子どもたちにいかに生きる力、生きる術をつけさせるのか”という部分をすごく大切にしていて。例えば、手に職をつけるための職業訓練や、精神が不安定な子どもに対して心理プログラムを行う活動などを行っています。
精神的な面でもスキル面でも、理想論ではなく、子どもたちが将来不自由なく生きていくためのサポートをきちんと行っていることを知って、「もうここだな」って感じました。
触れ合うことで、気づくこと
ーフィリピンでは、実際にどういった活動をしていたのでしょうか。
藤森由莉沙さん:主に行っていた活動は、現地での取り組みを視察したいと日本から来た学生さんのための、スタディーツアー企画/引率です。ここで頂く収益は団体の活動資金の大半を占めているので、アクションの活動の幅を広げるためにもとても重要なお仕事なんです。
日本の長期休みの期間は、ノンストップでツアーを回し続けていて、その他にもやりたい仕事がたくさんあったので、50日くらい休みがないこともありました(笑)ですが、関わる方に“どんな経験をさせてあげられるか”次第で、来年以降の参加人数などにも直結するやりがいのあるお仕事だったので、とても良い経験を積むことができました。
また、JICAから委託された事業にもすこし携わらせていただきました。”ハウスペアレント”というフィリピンの児童養護施設の職員に対して、教育プログラムを作成するお仕事です。施設にいる子どもたちの親代わりになるというのは本当に難しいことなので、適切なタイミングに正しい対応ができるよう、ハウスペアレントに専門的な知識やノウハウを教える研修プログラムや研修教材があります。それらを現地で作成する社会福祉士のフィリピン人スタッフのサポートをしていました。
他にも、牧師さんが運営している児童養護施設に併設されているゲストルームで暮らしていたので現地の子どもとも常にコミュニケーションが取れましたし、ボランティアとは段違いの深い活動を経験できましたね。
ー今回のNPOでのインターンを通して、支援に対する達成感の変化や新たな気づきはありましたか?
藤森由莉沙さん:そうですね。フィリピンで1年インターンしたからといって、ボランティアをした時の”虚無感”が満たされた感覚はあんまり得られなかった、というのが正直な気持ちでした。
もちろん、活動の”意義”や”価値”を感じられるタイミングはたくさんありました。NPOでの活動はとても有意義で、ボランティアに比べて継続的な関係性を地域や行政ぐるみでつくっていくところに魅力を感じましたし、子どもたちが育成プログラムを卒業するタイミングや、目に見える成長を感じられた時は本当に嬉しかったです。
ただ、営利目的ではないので、やはりどこかで外的要因に左右されてしまうというか。それとも自分に力をつけたら、このままNPOに就業しても、もっとやれることの幅が大きくなるんだろうか、「関わる人たちが幸せになれるために、私にできること、本当にしたいことはなんだろう」と悩み抜いた末に、出した結論は「根本解決につながり、持続可能な支援を実現したい」でした。だからこそ企業に就職して、外的要因に左右されず適正利益を得るからこそ持続可能性があり、自分たちの努力次第なビジネスという形で、社会の課題を解決したいなと腑に落ちたんです。
インターンを通して自分自身の成長も感じることができましたし、次に私がすべきことが新たに見えた瞬間でした。
***
今回は、学生時代にフィリピンでのボランティアやNPOインターンを経験された藤森由莉沙さんに取材を行いました。
幼少期からエネルギッシュで好奇心旺盛、「知りたい」という欲求を満たすために動くことを惜しまない。そんな力強さもありながら、未来を生きる子どもに選択肢と可能性を与えたいという優しい一面も持ち合わせている、そんな女性でした。
“知りたい”、”変えたい”という想いは誰しもが持っている感情だと思います。でも、その感情と日々向き合い続け、ブレずに、折れずに、思考して歩き続けることは誰しもができることではないと思います。
藤森さんだからこそ、できること、できたことなんだなと感じました。
後編では、休学を経て藤森さんが新たに見つけた”すべきこと”について、お聞きしています。
今回取材を行ったのは、学生時代にフィリピンでのボランティアやNPOインターンを経験された藤森由莉沙さんです。学生時代は海外でボランティアやインターンをしていた藤森さんは、現在その経験を活かし、子どもたちや関わる全ての人のために「でき[…]
- 藤森 由莉沙さん
ふじもり ゆりさ|会社員1993年生まれ。三重県出身。
農業と猟師業を営むワイルドな祖父のもとで、 生きる力を育む幼少期を過ごす。中学時代に“ハゲワシと少女” という1枚の写真に心動かされ、 もっと世界を知りたいと思うように。 語学や途上国について学ぼうと、立命館アジア太平洋大学に進学。 海外ボランティアを経て休学し、 フィリピンを拠点とするNPOでの1年間のインターンシップを通 して、子どもの自立支援に関わる。その後半年間、 世界をバックパッカー旅。大学卒業後は、“瞬間の支援ではなく、 継続的な支援を行いたい”と、 想いを同じくする株式会社リジョブに入社。幹部候補として、 事業づくり・組織づくりに携わっている。 株式会社リジョブ コーポレートサイト:https://rejob.co.jp/
咲くらプロジェクト:https://sakura.rejob.co.jp/
近年、SDGs(エスディージーズ)という言葉を耳にすることが増えてきました。 敷居が高くなりがちなSDGs。地球のために、未来の自分のためにと考えても、ぶっちゃけ何をしたら良いのか分かりませんよね。「教育から見[…]