今回はその”プロ”の中から株式会社ホリプロの社員アスリートで、スポーツクライマーとしてボルダリングを中心に活躍されている緒方良行さんに取材させていた だきました。
スポーツクライマーを目指している人にも、アスリートとして頑張っている人にも、キャリアについて迷っている人にもぜひ読んでいただきたい記事となりました。
日本一のスポーツクライマーになりたい
ークライミングを始められたのはいつ頃でしょうか。
緒方良行さん:小学五年生の頃です。たまたまテレビ番組にスポーツクライマーの方が出演されてて、それをみてクライミングという競技を知りました。調べてみたところ、家の近くにクライミングの体験ができる施設を見つけたので兄弟で体験に行きました。
他のスポーツも体験にちょくちょく行ったりもしたんですが、続かなかったです。
姉が2人居て、音楽や料理にハマっていたので料理教室にも行ってはみたんですが、夢中になったのはクライミングだけでしたね。
ー「プロになりたい」と思われたきっかけを教えてください。
緒方良行さん:日本一のスポーツクライマーになりたいという夢は小さい頃からぼんやりと考えていました。
もっと具体的に、クライミングだけで食べていきたいとか、極めたいと考え出したのは高校3年生の進路を決めるタイミングです。
高校生の時は週7でジムに通っていて、クライミング漬けの日々を送っていました。通いすぎて、両親から「学業と両立しなさい。」と言われたので減らしましたが、それでも週に4回から5回は通っていましたね(笑)。クライミングが本当に大好きでした。
ー進路決定のタイミングでプロを本格的に目指されたとのことですが、迷いはありましたか?
緒方良行さん:そうですね。大学受験と就職活動の時期には迷いはありました。
クライミングに絞って挑戦してみようと思って受験の時期に父に相談したところ、結構揉めたんです。
まだまだマイナーなスポーツではあるので、スポーツクライマーという職業を確立している選手も当時はなかなか居ませんでしたし、僕も今ほどクライミングで成績を残せていなかったので、親も心配だったんだと思います。
最終的には進学することに決めました。スポーツと両立できそうな大学を選んで、神奈川大学に進学しました。就職の時期にも、僕としては「安定した職に就きたい」という思いもあったので、普通の学生と同じように就活するべきかとても悩みました。
安定した職に就きたいという思いもある反面、競技に集中できなくなってしまったらどうしようという不安もあったんですね。バランス良く両立させることは厳しいと感じていたタイミングで、ホリプロさんから声をかけていただいて、「ホリプロの社員アスリート」という形で就職させていただくことになりました。
ーホリプロからお声がかかった際、所属などにあたって不安はなかったのでしょうか。
緒方良行さん:あまり無かったです。僕が叶えたい夢に一番近いスタイルだと感じたので。
スポーツクライマーとして応援してもらえるというのはもちろん、ホリプロならクライミング以外の部分でも活動の幅を広げやすいだろうなとイメージができました。
また、すべてのスポーツに言えることだと思いますが、スポーツ選手のネクストキャリアはやはり不安定です。
その点でいうとホリプロでの働き方は、後々のキャリアを考えた時に、より求めているものに近いかなと思い決断しました。
ー今までで、一番印象に残った試合はいつでしょうか。
緒方良行さん:W杯で初優勝をした時はやっぱりとても嬉しかったです。そして、個人的に東南アジアや中国の地方で行われる大会も印象に残っています。文化の違いや、人が僕の今まで知っているものとは全く違う景色を見せてくれました。
クライミングに対しての譲れない想い
ー昔と比べると、クライミング人口は増えていますが、緒方さんが始めた当時と比べて変化は感じますか?
緒方良行さん:感じますね!女性や子どもも増えてきているので、嬉しい変化です。
中学高校でプレーしていた時は、趣味で登山をしている人がクライミングもやっている、という形が多かったので、今よりもっとコアなスポーツでした。
なので、僕も大人の男性の中に1人で混じって練習するという感じでした。今はどちらかというと人工壁で登るクライミングが主流になっているので、フィットネスや美容目的とかでくるお客さんも多いです。入り口が広くなった印象です。
ー試合や大会においてコロナの影響はありましたか?
緒方良行さん:ありました。今でこそコロナに順応できている部分もありますが、当時はとてもきつかったですね。クライミングの大会は、基本的に国内大会で選考されて、選ばれた選手が海外で戦うという形なので、2020年は一つも国際大会に行けなかったです。
コロナ禍で観客に見せる場もないという辛さにプラスして、国内でもジムが営業中止になり練習もなかなか出来ませんでした。
その時期はフィンガーボードという、自宅でぶら下がってトレーニングできる器具にぶら下がって懸垂したり、動いてみたりしながらトレーニングをしていました。
そして、例年通りでは無いですが今年は国際大会もようやく開催されるようになりました。帰国してからの2週間隔離はしんどい部分もありましたが、去年と比べると環境は良いように感じます。
ークライミングってどこの筋肉が一番必要になってくるんでしょうか。
緒方良行さん:僕は背中を一番使う印象です。腕もある程度は使いますが、クライミングは基本的に自分の体重以上のものを持ち上げることがないので、他のスポーツ選手と比べると力強さは無いかもしれないです。力があれば良いというわけでもないので。体重が軽くて、その上で基本的に自分の体重に対応できるくらいの筋肉があれば良いです。
僕の体重は62kgで、身長が172cmなので、スポーツクライマーの中では重い方だと思います。
減量してた時期もあって52kgまで落としたりもしていましたが、あまり上手くいきませんでした。
それからは、ストレスをかけずに身体を作ろうと日々意識しています。
ーロッククライミングとボルダリングの違いを教えて下さい。
緒方良行さん:ロッククライミングからのボルダリングという流れで競技ができているので、ロッククライミングは原点に戻るというイメージですかね。
室内でプレーするボルダリングとは異なり、歴史を感じたり、自然を感じたりできるのが楽しいです。
ロッククライミングの派生じゃないですが、他にも番組の企画で学校の校舎に登ったりもしました。意外と窓の枠に掴むところがあったりして、新鮮で楽しいです(笑)
そして、これは余談ですが、両親と喧嘩をして家から締め出されても困ること無く普通に入れていました!1階は鍵を閉められてしまうんですが、壁を登って2階から入ったり。特技が活かせた瞬間でしたね(笑)
ー緒方さんのクライミングにおける長所を教えて下さい。
緒方良行さん:上半身を使って力強く登っていくのが得意ですね。クライミングって、選手を分析するにあたってバランス系とかパワー系とかあるんですけど、僕はバランスというよりはガツガツパワー系で登っていくタイプです。
選手の特徴を見ると、昔だったらパワー系の方が多かったんですが、最近バランス系の人もちょっとずつ増えて来ているなという印象です。大会によって変わりますが、偏っていることはないですね。
僕は今、世界で一番フィジカルが強いってキャラ付けされているのもあるので、そこでは絶対誰にも負けたくないですね。今後も伸ばしていきたいです。
独自のスタイルを貫くことで得た成長
ー挫折はありましたか?
緒方良行さん:大学に行ってから成績は伸びましたが、壁にぶつかって伸び悩む時期はありました。
その時にこのままじゃダメだなと思って減量したり、他のトレーニングに変えたりしてストイックに追い込んで色々やってみたんですが、余計に成績が出なくなっていって。その時にオリンピックの選考も始まってしまって、その時は一番苦しかったですね。
折れないように、向き合って一生懸命頑張っているのに、余計にダメになってしまったり。もっと強くなって成績を出したいのに、上手く行かなくて、どうしたらよいか分からずスランプに陥りました。そんな時、周りの選手から最近頑張りすぎじゃないかと声をかけてもらって。
「もともと好きでやってるんだから、楽しさを一番に考えて、好きにやったら良いんじゃない?」って。
それからトレーニングももちろん続けてはいたんですけど、やりたくなかったらやらないというスタイルに変えてみたんです。大きな決断で、当初は不安もありましたが、結果的にその時からまたクライミングも楽しめるようになって、成績も伸びてきました。
ーリフレッシュするためのルーティンを教えて下さい。
緒方良行さん:誰かに会うようにはしています。1人でいると考える時間が長くなってしまうので、とりあえずジムに行って誰かと喋りながら登ったり。今はご時世的にダメなんですけど、友達誘って飲みに行ったりしてました。クライミング界隈だとお酒好きのキャラで浸透していますね(笑)
でも、どれだけお酒飲んでも練習はサボらないようにしています。
あとは、自然の山に登りに行ったりもします。怪我に繋がりやすいので、できるだけ大会がないシーズンに、気分転換として行っています。
クライミングをもっと世の中に広めていきたい
ークライミング競技の課題ってどんなものがありますか?
緒方良行さん:僕が感じたのは、最近クライミングがオリンピックに競技として初めて決まったんですけど、マイナーなスポーツにスポンサーがたくさん集まったりして、悪くいうとクライミング全体がこれから成長するぞって時に、そのスポンサーに甘えてた部分もあってオリンピック後の準備とかもあまり協会側ができていなくて、実際スポンサーの数はオリンピック以降減りました。そこも含めてスポンサーはもちろん、クライミングというスポーツをどう広めていくかっていうのは課題かなと思います。
ークライミング人口は増えているのでしょうか。
緒方良行さん:メディアの影響もあって増えてます。オリンピックが決まって注目されてる選手が出てきたり。今だとSNSとかで情報も流れてるのでその辺も大きいと思います。報道もそうですし、バラエティとかでも取り上げて頂いてます。
ークライミングをする上で大切にしていきたいことやモットーってありますか?
緒方良行さん:趣味の延長でいたいなと思ってます。
もちろん競技として今成長しているんですけど、僕が続けている理由は目標のためにっていうよりはクライミングが好きだからで続けていることなのであまり我慢はしたく無いですね。
ー趣味を突き詰めたら趣味じゃなくなることってありませんか?
緒方良行さん:でも、そうなってしまうと僕はやめたいなとか、今日練習行きたく無いなとか思ってしまうので。結局成績を求めてクライミングをやっているのに、成績が出ないっていう悪循環に陥りかねないので、好きでやっている方が成績も圧倒的に良いのであまり考えないようにしています。
スポンサーがついてくれるとすごく嬉しいんですけど、責任とか重圧が重くのしかかってくるので、そういう時期はすごく苦しかったというか、経験したことない感覚でした。
ースポーツ選手ってとにかくメンタルが強いイメージがあるのですが、緒方さんはメンタルが強い方ですか?
緒方良行さん:最近は強くなりました。前まで神経質だったのでちょっと体重増えただけでも調子が悪いと思ったり、お酒飲んだからダメかもって自分に対して言い訳をしたりしたんですけど、最近は全く無いですね。
楽観的に物事を考えられるようになったので、それが良い感じに作用しています。昔は計画的にやらないと失敗しちゃうと思いすぎていたので。
ークライミングだけで食べていける人はどのくらいいるのでしょうか。引退時期の目安などもお伺いしたいです。
緒方良行さん:他のスポーツに比べたらかなり少ないと思います。お金を稼ぐ方法は大会の賞金や、スポンサー収入、個人的にイベント開いて得る収入ですかね。ジムに就職してインストラクターとして働きながらという方もいます。
引退時期ですが、男子は30歳くらいまでは続けてます。そこからどこまで続けるかというのはわからないですが、長い方だと35歳くらいまで続けられていますね。
ーその後のキャリアはどんな道が一般的なのでしょうか。
緒方良行さん:今のところまだクライミングだけで食べていた選手は、選手としてまだ残っているので。クライミング自体、歴史もまだそんなに長くないので一般的なルートというものはまだ無いですね。
僕としては、どこまで実現するかはわからないですが、やってみたいことはぼんやり考えています。あまりネガティブにならず、準備だけはしっかりしておこうと思っています。
ーどんなことをやってみたいのでしょうか。
緒方良行さん:イベントを作ってみたいです!スポーツクライマーの数が増えているので、一般のスポーツクライマーの方も参加しやすくて、かつプロのスポーツクライマーと関われるような、間近で選手のプレーを見れる企画は面白いと思っています。イベントを通してクライミングを広めていきたいですね。
大学のゼミでスポーツのマネジメントや、大会運営やスポンサーについて研究をしていたので、そっちの道を極めていくのも面白そうだなと考えています。
また、クライミング業界の理想として、部活動としてクライミングが認められれば、よりもっと中高生も増えるなと思っています。その人たちが成長して社会人になっても、続けてくれる人も出てくると思うので。
ただ、指導できる人が今あまりいないので、部活動となっても教えられないですよね。誰が壁を管理するのかとかも問題になってきますし、絶対安全と言われるスポーツではないのでそこは課題です。
ー今後、成し遂げていきたいビジョンとか目標はありますか?
緒方良行さん:先輩から学んだものを次世代に繋いでいって、クライミング業界に貢献をしていきたいなと思っています。自分の仕事のためというよりは、せっかくクライミングがメジャーじゃない頃からクライミングのノウハウを築けてきたので、次の世代にうまく繋げてバトンタッチをしたいという想いはあります。
あと、いわゆるスポーツ協会ってあるじゃないですか。競技のことがそこだけで決まってしまうと選手は何も言えないので、新たにアスリート委員会っていうのが発足されたんです。僕はその委員会の一員なので、スポーツ委員長になって選手側の意見を取り集めて協会に発言できるようになれば良いなとも思っています。
そして、スポーツクライミングという競技をもっと世に広めていきたいです!
***
今回は、プロスポーツクライマーの緒方良行さんに取材させていただきました。
「趣味の延長でいたいなと思います」
緒方さんは今回の取材の中でそう語りました。
好きで始めたことが、いつの間にか好きじゃなくなっていた。
自分がせっかく夢中になれるものを見つけたのに、そんな終わり方は苦しいですよね。
この記事を読むことで、考えが変わるきっかけになると嬉しいです。
- 緒方良行さん
おがた よしゆき|スポーツクライマー1998年生まれ、福岡県出身。10歳の頃にスポーツクライミングを始め、現在は関東を拠点にしながらワールドカップや世界選手権で戦っている。得意種目はボルダリングで、2019年にはボルダリングワールドカップで初優勝を果たした。株式会社ホリプロに所属している
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