今回は、書道家の野地香織さんにインタビューをさせていただきました。
野地さんのこれまでのキャリアや、書道との向き合い方について伺うことのできたインタビューとなりました。書道家を目指す方にとっても、この先のキャリアに希望や目標が持てない方にとっても、興味深く、心に刺さるお話です。
自分の技術を評価するツールだった“習字”
(野地さんの作品)
ー書道家である野地さんが、“習字・書道”と出会ったきっかけはどんなものだったのでしょうか。
野地香織さん:初めて習字に触れたのは、小学校1年生の頃でした。保育園に通う頃から仲の良い2人の友人がいたのですが、小学校1年生の頃に2人とも習字教室に通い始めたんです。なので、2人が習字教室に行く日は遊べなくなっちゃって。
そこで私も二人と同じ習字教室に通いたいと考えました。それを親に相談すると、“習字教室に通うのは良いけど、通う教室は私が選びます”と言われ、結局、お友達とは違う習字教室に通い始めました。
ー小学校1年生の頃から書道に触れてきた野地さんですが、いつ頃から、“書道をお仕事にしたい”と考え始めたのですか?
野地香織さん:実は、書道をお仕事にしたいなんて考えたことなかったんです。周りの人から字を褒められることはあったので得意だという認識はあったのですが、好きとは違う感情でした。なので小学校6年間通い続けた習字教室も、中学生になるタイミングで“部活が忙しくなるから”という口実で辞めたんです。
それから中学校、高校と書道からは離れていました。ただ、大学進学をするというタイミングで、“私って将来やりたいことが何にも無いな”と気がついたんです。しかも、両親が“大学に行くのは当たり前”というような考えを持っていたので、進学するしかありませんでした。
大学に進学して何か学ばないといけないのであれば、得意なことを学ぼうということで、もう一度書道に触れることになりました。
ー大学進学と同時に、もう一度書道と向き合うことを決めた野地さんですが書道についてどのような印象をお持ちですか?
野地香織さん:大学で学んでいた時も、とても楽しいという思いを持っていたわけではありませんでした。とはいえ、他にやりたいことや得意なことがなかったので、就職活動は行わなかったんです。そんな時に、運良く出身高校の先生から“書道の先生が退職するからうちで先生をしない?”と連絡が来ました。
それがきっかけで、高校で書道を教えることになりました。しかし、高校の書道の授業って消去法で選ぶ生徒さんが多いんです。芸術系の授業って美術、音楽、書道で選択じゃないですか。
“絵は描けないし、歌も上手く歌えないから、書道するか”みたいなテンションの生徒さんたちが多くて。そういう生徒さんたちに小学校、中学校とはレベルの違う内容を教えることはとても大変でした。
ーそこからどのような経緯でプロの書道家として活動しようと思ったのでしょうか。
野地香織さん:退職後は、結婚と出産を経験しました。それから14年間は書から離れた人生を送っていたんです。それまでの自分にとって、字を書くと周りの人が褒めてくれたり、表彰されることがあったりと、習字は“技術がある”と自分を評価するツールでした。
ただ、習字と書道は違うんです。習字というのは、文字を習うこと。文字を正しく美しく、お手本通りに書くことを目的とします。書道は個性が出た作品を書くための技術を身につけること。つまり自己表現を目的とするものです。
それまでの私にとって書というのは、“お手本を真似て評価を得る”ことができて、自分の技術を認めることのできるツールだったんです。
自分そのものを認めることができる“書道”
(野地さんの作品)
ーご結婚されて14年間、“書道”から離れていたということですが、もう一度“書道”と向き合うことになったきっかけはどんなものだったのですか?
野地香織さん:出産をして、子育てもある程度落ち着いた時に、若い頃感じていた“私ってやりたいことが何もないな”とか“私って一体何なんだろう”というような悶々とした気持ちが蘇ってきたんです。その気持ちでいっぱいになった頃に、“やっぱり私には書道しかない”と考えて、教室を探して通うことにしました。
ただ、大人の教室だったので、お手本を元に書くばかりではなく、自己表現を求められました。私も周りの人と同じように、何か表現しようと必死に創作したんですが、これまでに習ってきたことが全く役に立たず、、。そこで気がついたんです。
私は、『課題があって、書いてみて、先生に見てもらって、修正して』を繰り返して作品を作ることは得意だったけど、『好きに書きなさい、自分を表現しなさい』と言われて作品を作るのは苦手なんだと。それから書道がとても楽しくなりました。
ーこれまで得てきたスキルが、書道では全く役に立たないという現実に対して、“書道が楽しい”と思うことができたのはなぜですか?
野地香織さん:話は少し大きくなりますが、ずっと自分のことが嫌いだったんです。ただ、生きている中で“どこが嫌いなんだろう”と考えたことはなかったんですね。というのも、私は人生の大半を両親の意向通りに生きてきました。両親と一緒に暮らすうえでは、自分の感情を押し潰して両親の意向を飲み込む方が、過ごしやすかったんです。なので自分の感情と向き合ったり、自分という存在を認めようとしたことなんてありませんでした。
だから、嫌いなところがどこかなんて分からなかったんです。ただ、創作は自分を表現するものです。つまり、作品を作るうえで向き合うことは必然。作品を作るために、何度も向き合いました。そうしている間に、自分に対して疑問をぶつけることができるようになったんですね。
だからこそ、私にとって書道というのは自分と向き合わせてくれる足掛かりなんです。自分を評価するためのものではなく、作品制作を通して自分を知り、受け入れ、認めていくヒントを与えてくれるものですね。
若い頃から夢があるってラッキー
(野地さんの作品)
ー書道を続けていく中で大変なことや苦しいと思うこともあると思いますが、それでも、野地さんが書道を続けられている原動力はなんですか?
野地香織さん:まずは、書道から離れてしまうとこれまでと同じように、自分をまた見失ってしまうかもしれないという思いがあります。しかし、それだけではありません。私は作品をFacebookに投稿するんですね。すると、作品を見てくださった方が反応をくださることがあるんです。
私が込めた思いが100%届いているわけではなくても、作品で何かを感じてくださる方がいることに感動したんです。
真剣に書道や自分と向き合ってできた作品を通して、苦しい思いをしている人や大変な経験をしてきた人に何かお届けできることがあるんじゃないかと思うようになりました。それが私の中で一つの原動力になっていると思います。
ー1つのことを続けることを恐れてしまう若者もいると思いますが、どうすれば真剣に向き合う何かを見つけられると思いますか?
野地香織さん:私には高校生の子どもが二人います。一人の子は将来の夢があるからそれに向かって頑張ってほしいなと思うのですが、もう一人の子は将来の夢がなくてとても困っています。
ただ、将来の夢が若い頃からあるなんてラッキーで、むしろ将来に何も希望を持てないことの方が普通だと思うんです。
私が書道と真剣に向き合うことができて、書道を本気でやっていきたいと思ったのは41歳の時ですし。自分のやりたいことや支えになることを見つけるのって簡単なことじゃないと思っています。
ー最後に将来に不安のある若者やキャリアに迷っている人に対して何かメッセージを頂けますか?
野地香織さん:私には小学生の娘がいるのですが、先日、家で悩んでいて。何を悩んでいるのか聞いてみると“将来の夢を書かないといけない授業で、何も書けなかった”と話してくれました。
確かに周りに将来の夢を持っている人がいると、とても輝いて見えると思います。だからとても羨ましくて、寂しくて、苦しい思いをする。だから私は、“将来の夢はまだ見つかりませんと書けばいいんじゃないの?”と言ったのですが、やはりそれで先生たちが許してくれるわけもないみたいで。
もちろん将来に希望を持って生きていくことも大事だと思うのですが、まだ将来の夢が見つからないのに、何かを書いて出さないといけないという教育を受け続けると、いつしか“将来の夢がないってダメなんじゃないか”と考え始めてしまう気がするんです。高校生の時には、進路希望調査で進路を文字にして提出しなければなりませんし、22歳の時点で就職活動を終えて社会に出なければいけないのって、やりたいことがある人や夢がある人からすれば普通なのかもしれませんが、そうじゃない人からすると苦しいことだと思うんです。
だから、真剣に向き合える何かが無くたって、それが普通なんだって考えていいと思います。私がそうだったように、周りから見れば遅い年齢で、こうして人生を支えてくれるものと出会う人だっているんです。
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今回は書道家として活躍されている野地香織さんに取材をさせていただきました。
「将来の夢が若い頃からあるなんてラッキーで、むしろ将来に何も希望を持てないことの方が普通だと思う。」と野地さんはおっしゃっていました。
年齢はただの数字で、夢は何歳からだって追いかけて良いし、叶えられるんだ。そんな強い想いが伝わってきます。
shabellbaseでは今後も多種多様なキャリアを築く方々を紹介しています。あなたの夢探しやライフプランに役立つヒントを見つけてみてください。
- 野地香織さん
のぢ かおり|書道家小学生の時から書道を始める。恩師がきっかけで高校の書道非常勤講師として勤務。何度か書道から離れた生活を送っていたが自分と向き合った際に自分を自由に表現できる書道の面白さに惹かれ書道家として多くの作品を制作している。
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