就職活動中の大学生にとって、「内定取り消し」という言葉は非常に恐ろしいものです。
せっかく勝ち取った内定を企業から一方的に取り消されてしまう…そんな事態になったらどうしよう、と不安を感じる就活生も多いでしょう。
実際、新型コロナ禍や経済不況の際には「内定取り消し」がニュースで取り沙汰され、就活生に大きな衝撃を与えました。しかし内定取り消しはどのくらい起こり得るものなのでしょうか?
また、内定取り消しは法律的に許されるのか、どういった場合に正当と認められ、どんな場合に違法になるのか。万が一内定を取り消されたときにどう対処すれば良いのか、企業側はどのようなリスクや事情で内定取消に踏み切るのかなど企業側の視点も交えながら詳しく解説します。読み進めることで、内定取り消しに関する正しい知識を身につけ、不安を和らげる助けになれば幸いです。
内定取り消しとは何か?新卒に起こり得る最悪の事態
まず、「内定取り消し」とは何かを押さえておきましょう。内定取り消しとは、企業側が一度出した採用内定を後から撤回することです。新卒採用の場合、企業から正式な「採用内定通知」を受け、学生がそれを承諾した時点で、「始期付解約権留保付き労働契約」、平たく言えば「入社日を将来に定め、入社までにやむを得ない場合は解約できるという留保つきの労働契約」が成立した状態になります。これは企業と学生との間で労働契約が結ばれた状態に他なりません。形式上は翌年○月○日付での雇用契約ですが、その契約には「場合によっては契約を解消(内定を取り消す)こともあり得る」という条件が付いているのですl。
とはいえ、一度契約を結んでいる以上、企業がその契約(内定)を解約するには客観的に見て相応の理由が必要になります。採用内定は単なる口約束ではなく法的な拘束力を持つため、内定を取り消せば企業側が契約違反(不当解雇)に問われる可能性があります。日本の労働契約法16条では、「解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利の濫用として無効」と定められており、内定取り消しも実質的には「解雇」と同じ扱いになるのです。したがって、企業が内定を取り消すには法律上認められる正当な理由が必要であり、それがない内定取消は違法となります。内定を出した企業側にも法的リスクが伴うため、内定取り消しは簡単にできるものではないという点を押さえておきましょう。
なお、就活用語で耳にする「内々定(ないないてい)」についても触れておきます。内々定とは、正式な内定前に企業が学生に内定予定である意思を非公式に伝えた状態のことです。多くの場合、内定は書面で通知され法的拘束力を持ちますが、内々定は口頭での約束に留まり法的拘束力はありません。そのため、内々定段階で企業から採用を取りやめられても、それ自体は法律上違法とはみなされないのが一般的です。学生としては「内々定」をもらうと安心しがちですが、正式な内定ではない以上、企業側の都合で撤回される可能性もゼロではない点に留意しましょう。
内定取り消しは違法?正当とされるケースと違法となるケース
前述の通り、正当な理由なく一方的に内定を取り消すことは解雇権の濫用と見なされ無効(違法)となります。では、どのような場合に「正当な理由」があると判断され、逆にどのような場合に違法とされるのでしょうか。ここでは企業が内定取消を認められる典型的なケースと、違法と判断されるケースを整理します。
違法と判断される内定取り消し
客観的に合理的な理由がない内定取り消しは違法となります。
具体的には、内定者に落ち度がないのに企業側の一方的な都合(経営戦略の変更、他の優秀な人材の確保による採用計画変更など)で取り消すケースが典型例です。また、男女差別や出身校差別など不当な差別的取り扱いによる取消ももちろん認められません。要するに、「学生側に重大な非がなく、企業側の勝手な事情による内定取り消し」は違法と考えられます。例えば「業績が少し悪化したから新卒採用人数を減らしたい」「他にもっと良い人材が見つかったので取り消したい」等の理由での取消は、客観的な必要性が認められない限り許されません。
ただし注意すべきは、企業都合であっても条件次第では認められる場合があることです。たとえば「経営悪化」を理由とする場合でも、後述するように法律上非常に厳しい要件を満たす必要があります。それら正当な理由があるケースについて、次に詳しく見ていきましょう。
正当な理由があると認められる内定取り消しの典型例
法律や判例上、以下のような場合には内定取り消しに客観的な合理性があると判断され、正当なものとして認められる可能性があります。企業側はこれらに該当しない限り内定取消は難しく、該当する場合でも後述するように慎重な対応が求められます。
学業未了(卒業できなかった場合)
新卒採用の場合、内定者が必要な単位を取得できず卒業できなかった場合は取り消しが正当とみなされます。
卒業は入社の前提条件であり、卒業できないのは学生側の責任(入社資格を満たせない)と判断されるためです。これは新卒者特有のケースですが毎年一定数発生しており、「内定取消しの理由として例年最も多いのは卒業できなかったケース」とも言われます。
健康上の問題(労働不能となる疾病・怪我)
内定後から入社前の間に重い病気や大怪我を負い、長期間就労できない状態になってしまった場合、企業が内定を取り消すことが認められます。
ただし、企業が内定を出す時点でその健康問題を認識していた場合などは別で、そうでない突発的な悪化が対象です。入社後に業務が全く行えないと見込まれる状態ならやむを得ませんが、短期間で回復可能なケガであれば通常は取消しにはなりません。
重大な違法・不正行為の発覚(犯罪行為など)
内定者が入社前に犯罪を犯し起訴・有罪が確定した場合や、社会的に大きな問題となる不正・迷惑行為をした場合も、取消しが認められる可能性が高いです。窃盗・暴行・詐欺といった刑事事件はもちろん、公私問わず企業のイメージを著しく損なうような不祥事も含まれます。
昨今では、SNS上の不適切投稿が炎上し企業に知られて内定取消し…というケースも実際に起きており、注意が必要です。
履歴書・経歴の重大な詐称
学歴・職歴・資格など履歴書に重大な虚偽記載が発覚した場合も、労働者として適格性を欠くとして取消が認められることがあります。
特に業務上必要な資格・免許を持っていると偽っていたような場合は、発覚すれば正当な取消理由となり得ます。たとえば「TOEICスコアを偽って書類提出した場合」は経歴詐称にあたり、発覚すれば取消されても仕方ないでしょう。
企業の業績悪化(整理解雇相当のやむを得ない事態)
内定後に会社の経営が急激に悪化した場合も、一定の条件の下で取消がやむを得ないと認められることがあります。
ただしこれには非常に厳格な要件があり、判例上「整理解雇の4要件」をすべて満たす必要があるとも言われます。具体的には「人員整理の必要性」「回避努力(退職募募や配置転換など)」「解雇対象者の合理的選定」「労使間の十分な協議」の4つです。
単に業績が落ちたからすぐ取り消し、というのは許されず、これら条件を全て満たさず経営悪化を理由に取消すれば違法になります。実際には、リーマン・ショック時や新型コロナ禍などの深刻な景気悪化の際に、泣く泣く内定取消に踏み切った企業が出たというのが該当例でしょう。
契約書や誓約書の条件違反
内定通知書や内定承諾書で定められた条件に反する行為を内定者が行った場合も、契約違反として取消が認められます。企業から内定時に「内定誓約書」を提出させられることがありますが、そこに「○○をした場合は内定を取り消す」という具体的な事由が書かれており、実際にその事由に該当する行動をしてしまったケースです。
例えば「○月に実施される内定者研修に無断で参加しなかった場合は取消し得る」と明記されていて本当に参加しなかった場合などが該当します。ただし、契約書の記載自体があまりに不合理な内容(例えば企業側の恣意的な都合だけで取り消せる等)であれば、その条項自体が無効と判断される可能性もあります。
内定取り消しが企業に与えるリスク
ここで、企業側の視点にも目を向けてみましょう。採用内定の取り消しは企業にとっても「最終手段」と言える重大な決断です。違法と判断されれば当然ながら企業が訴えられるリスクがあり、社会的信用を大きく失います。
実際に違法・不当な内定取消しが認定された場合、ハローワークを通じて厚生労働省のホームページ上で企業名が公表される決まりになっています。公表されれば企業ブランドのイメージ低下は避けられず、SNSやニュースで瞬く間に悪評が広がるでしょう。それだけでなく、学校からの新卒採用推薦を今後得られなくなる可能性や、優秀な人材の応募が減るなど将来的な採用面への悪影響も指摘されています。
さらに、内定取消しが無効(契約上は雇用継続)とされた場合には、働いていない期間の賃金も補償せねばならない義務が生じる場合があります。また、仮に正当な理由があった場合でも、労働基準法上は解雇予告と同様に「少なくとも30日前の予告」か「30日分の平均賃金の支払い」が必要とされています。内定取消しも実質「解雇」に当たる以上、企業は所定の手続きを踏まねばなりません。
以上のように、企業にとって内定取り消しは極めて大きなリスクを伴う行為です。そのため、多くの企業はよほどの理由がない限り内定取消しを回避しようとします。
しかし、それでもリーマン・ショック時(2009年卒)や東日本大震災直後(2011年卒)、そして新型コロナ禍(2020~21年卒)などには内定取り消し件数が急増しました。通常は年間数十人程度で推移していた内定取消者が、経済危機や災害時には数百人規模に膨れ上がったのです。
例えば2020年春卒業(コロナ初年)の時点での内定取消者は全国で164人(80事業所)に上り、前年度(2019年卒の109人)より大幅増となりました。翌2021年卒でも厚労省集計で136人(37事業所)が取り消しに遭い、その9割超がコロナ影響によるものでした。こうした非常時には企業も「苦渋の決断」として取消しに踏み切らざるを得ないことがあるのです。もっとも、その後景気が持ち直した2023年卒では42人、2024年卒では47人といったように、再び年間数十人規模に落ち着いてきています。
このように内定取り消しは決して日常茶飯事ではなく、特殊な事情下で発生しやすい現象と言えるでしょう。
内定取り消しされた場合の対処法
万が一、自分の身に「内定取り消し」が起きてしまったら、どのように対応すれば良いでしょうか。突然その連絡を受けたら動揺してしまうのは当然ですが、将来を守るためにも冷静かつ迅速に対処することが大切です。以下に具体的な対処法のステップを示します。
1. 取消しの理由をまず確認する
企業から内定取消しの通知を受けたら、まずはその理由をしっかり確認しましょう。
電話で伝えられた場合でも、後で証拠として残せるようメールや書面で理由を問い合わせることが重要です。メール等で「突然のご連絡に大変驚き困惑しております。内定取り消しの具体的な理由をご教示ください」などと丁寧に質問し、企業側の回答を記録に残しておきます。
もし自分にまったく覚えのない理由(先述の「正当な理由」に該当しないもの)が提示された場合は、その決定がいつ・どのように行われたのかも含めて詳細に確認しましょう。
理由が曖昧だったり、書面での回答を渋ったりする企業であれば、後々法的に争う際に不利になる事情がある可能性もあります。
2. 補償の有無を確認する
次に、その企業が内定取消しに伴う補償を用意しているか確認します。企業によっては、内定を取り消す代わりに見舞金や補償金を支払うケースもあります。
特に企業側に非がある場合、将来の訴訟リスクを減らす目的で一定額を支払って示談とする例もあります。ただし、すべての企業が補償をしてくれるわけではないので過度な期待は禁物です。内定通知書や誓約書に補償に関する記載がないかどうかも改めて確認してみましょう。
3. 学校や公的機関に相談する
内定取消しの理由と企業の対応を一通り確認したら、一人で抱え込まず速やかに第三者へ相談しましょう。
具体的には、大学のキャリアセンター(就職課)や、各地域にある「新卒応援ハローワーク」がおすすめです。大学の就職担当者は企業とのパイプもあるため、場合によっては大学側から企業へ事実確認や再考の申し入れをしてくれることもあります。新卒応援ハローワークでは、内定取消しや入社時期繰下げに遭った新卒者向けの特別相談窓口が設置されており、卒業後であっても利用可能です。ハローワークの相談員や厚労省の担当者が企業への働きかけ(取り消し回避の要請)や、今後の再就職支援まで含めて対応してくれます。
さらに、各都道府県の労働局や労働基準監督署内にある「総合労働相談コーナー」でも専門家による無料相談が受けられます。社会保険労務士や労働局の専門官が法律面の助言をしてくれるので、法的に争うべきか判断する助けにもなるでしょう。
4. 法的措置の検討(撤回要求・損害賠償請求など)
内定取消しの理由に納得できず「到底あきらめられない」と感じる場合は、内定取消しの撤回を求めたり損害賠償・慰謝料を請求する法的措置も検討します。
ただし、感情に任せて直接企業に抗議しても事態が好転する可能性は低いでしょう。まずは前述の労基署・労働局や弁護士に相談し、必要な証拠書類(内定通知書や取消し理由の書面、メール記録など)を揃えて法的手続きに備えることが大切です。
最終的に裁判になれば、内定取消しが違法かどうか司法の場で争うことになります。不当と認められれば少なくとも入社予定日から判決までの賃金相当額や、状況によっては精神的苦痛に対する慰謝料等が認められる可能性があります。
一方で、仮に撤回させることに成功したとしても「そこまでしてその企業で働きたいのか」という問題もあります。企業との関係が泥沼化すれば入社後に気まずさが残ることも考えられるため、法的措置に踏み切るかどうかは冷静に利害を検討する必要があります。
5. 気持ちを切り替え就活を再開する
内定取消しは大変ショックな出来事ですが、人生はそれで終わりではありません。特に企業業績悪化が原因の場合、「仮に入社できていてもその先順調に働けたとは限らない」面もあります。
悔しさや落胆は当然あるでしょうが、次の道を探すため気持ちを切り替えて行動を再開することが重要です。幸い、新卒採用では年度末ぎりぎりまで追加採用を行う企業も毎年存在します。
特に昨今は新型コロナの影響で採用スケジュールが流動的になったこともあり、「まだ春採用で間に合う」ケースもあります。一度内定を得た実力があるのですから、落ち込んで留年を選択する前に可能な限り当該年度内で就活をやり直してみることをおすすめします。
再就活時に「前の会社で内定取り消しに遭ったこと」を伝えるのは不利ではありません。企業都合の取消であれば正直に伝えて問題なく、むしろ「辛い経験にもめげず前向きに切り替えて御社を志望しています」とアピールできればプラスに働く場合もあります。
精神的に落ち込んでしまうのは当然ですが、一人で抱え込まず周囲のサポートを得ながら動き始めることが、次の道を切り拓く第一歩となるでしょう。
まとめ
内定取り消しは誰にとっても経験したくない出来事ですが、正しい知識を持っていれば万一の際にも落ち着いて対応できます。
不安を感じている就活生の方は、本記事で述べたポイントを参考に、ぜひ事前に心の備えと対策をしておいてください。
困ったときは一人で抱え込まず、大学や公的機関の力を借りながら、未来への一歩を踏み出していきましょう。