今回取材をさせていただいたのは、「闘うシングルマザー」の愛称で知られるボクシング第5代・第7代WBO女子世界スーパーフライ級王者の吉田実代選手。
昨年5月30日、小沢瑶生選手との“ママ対決”に敗れて世界女王の座を明け渡した吉田実代選手ですが、7月には渡米を決意し、有名プロモーターと契約。環境を新たにして王者への返り咲きを目指しています。
そんな中、今月中旬に自身初となる写真集を発売し、イベント参加や取材に追われる中、27日には渡米後初となる試合を控えるなど多忙を極めています。
さまざまな立場や状況の中、吉田実代選手の今の心境を赤裸々に語っていただきました。
ボクサーや母としての強さだけではなく、1人の女性としての不安や葛藤も打ち明けてくださり、読者の皆さんにとって共感できる部分もありつつ勇気をもらえる内容となっています。
- 吉田 実代さん
よしだ みよ|格闘家,シングルマザー1988年4月12日、鹿児島県生まれ。20歳の時に偶然見つけたハワイへの格闘技留学をきっかけに、全くの未経験から格闘技を始める。帰国後、キックボクシング、総合格闘技などを経て’14年にボクサーへ転向。同年5月判定勝ちでプロデビュー。’15年に女児を出産後、’17年10月、日本女子王座第1号のバンタム級王座決定戦にて判定勝ちで初代王者になる。’18年8月に東洋太平洋女子同級王座も獲得。’19年6月にWBO女子世界スーパーフライ級王者王座も獲得し、’20年8月名門・三迫ボクシングジムに移籍、本格的に海外進出も視野に入れ体制強化を図る。
吉田実代さん所属事務所 株式会社shabell:https://shabell.co.jp/talent/
「闘うシングルマザー」吉田実代としての新しい境地
ー世界へ新たな挑戦が始まってからの初戦を目前に、現在の吉田実代選手の心境を教えてください。
吉田実代選手:私がこうしてニューヨークに渡って試合をするには、本当にたくさんの方のサポートと応援がありました。まずはそんな皆様に対する感謝の気持ちが大きいです。
昨年5月30日に試合に負けて、6月に自分の競技人生の原点であるハワイを訪れました。残りの限られた競技人生を、自分はこれからどうしたいのかを考える中で、ずっと強く意識していた「海外でチャレンジしたい」という思いを実現させたいと思い、決意を固めました。実行するのは今しかない、と思ったんです。
それから1・2ヶ月で自分を売り込んで、11月には娘を連れて渡米していました。普通だったらきっともっと時間がかかるところ、最短ともいえる期間で実現させられたのではないかと思っています。
これはもう間違いなく周りの皆さんのお陰なので、その温かさを噛み締めて試合結果に結びつけていきたいです。
ーご自身の挑戦に真っ直ぐ突き進む吉田実代選手の姿に、励まされる方は多いと思います。
吉田実代選手:自分のやりたい挑戦に、ついてきてくれる人や応援してくださる人が増えていることは実感します。
これが自分のエゴなんじゃないかと思うこともあるのですが、やってきたことは間違っていないし、これをエゴにしないためにも、試合に対しては誰よりも真剣です。
勝たないといけないというプレッシャーも当然ありますが、重苦しさではなくて、周囲に対する感謝の方が断然強くあります。
ー現在、トレーニングによる追い込みなど、試合前における仕上がりはいかがでしょうか。
吉田実代選手:試合前はこれまで、トレーナーとマンツーマンで追い込み練習をして仕上げていました。しかし、今回はビザの関係で2月の試合が延期となって4月に入り込み、元々予定されていた写真集の発売時期とも重なりスケジュールが過密になってしまいました。そんなこともあって、ニューヨークや東京、鹿児島と沖永良部などの移動が続いて、特に減量には大苦戦しています。
この状況に不安はないと言ったら当然嘘になりますが、むしろここが頑張りどころですし、「できない」と両手を上げるのなんて私じゃないと思って、ある意味開き直っています。また、こういった状況だからこそ見えてきたものもあるんです。
トレーニングは、毎日動画を撮ってニューヨークのトレーナーからアドバイスを受けていますし、マネジメント会社(株式会社shabell)の方々や以前所属していたジムのメンバー、それよりも前に所属していたジムのメンバーまで、これまでの私を支えてくれた方々みんなが「チーム実代」みたいになって支えてくださいました。そんな存在が本当に身に沁みます。
今までの私ってどこか弱みを見せてはいけないと思っていたところがあったのですが、最近は「等身大の自分でいいんだ」と思えるようになった気がしています。
ーこの状況だからこそ、自分自身を信じられるし、周囲に委ねられるようにもなったのですね。
吉田実代選手:そうですね。だから、メンタルを鍛えなおせたのかなと思います。
きっとこれまでも周囲の皆さんは受け入れ態勢抜群だったのに、そこに委ねることを自分が躊躇していたのかなと思う部分があります。だから「負けたらどうしよう」とか思って、守りの姿勢やプレッシャーに抑えられて大事なことを見失っていたのかもしれません。
でも、今は自分がやりたい道に進むだけなんです。自分がやりたくて、自分の夢を叶えるために、こうやってみんな動いてくれているので、まずは自分が誰よりも試合を楽しんで全力でやろうと思っています。この状況も含めて、全部前向きに捉えて成長してやろうって心境ですね。
そんな姿を試合で見せることが、この感謝や想いを皆さんの心に届けられる方法なんじゃないかな。
ボクシングが「吉田実代」を強くしてくれた
ー吉田実代選手も「負けたらどうしよう」と思うことはあるのですね。
吉田実代選手:本来の私は、失敗しないために用意周到に取り組むタイプなんです。昔から、怒られることやミスをすることが苦手で。
兄や母から、「人生なんて思い通りにいかないことだらけなんだから、ある程度そういうものだと思っていた方がいいよ」なんて言われていたくらいです。
でも、その言葉通りで最近はいろんなことが自分のキャパを超えていて、抜けも多くなってしまっていたので、甘えさせてもらえる場所に頼るようになっていきました。すると、自分の中で新しい「安心感」が生まれるようになってきた気がします。これだけ応援してくれて、支えてくれる仲間が増えてきているから、このまま突っ走っていいのかな、という安心感ですかね。
ー今の吉田実代選手にとって、ボクシングにおける最大の目標はなんでしょうか。
吉田実代選手:アメリカや世界で「吉田実代」として認知されるボクサーになりたいです。
そのためにも、タイトルをあとどれだけ獲れるかという挑戦にこだわっています。逆に防衛はそんなに重要視していなくて、チャンピオンをとってもそこにこだわるのではなく、積極的に次のタイトルにチャレンジしていきたいですね。なので階級も調整しつつ、フライ級での自分の試合も見てみたいなと思います。
ーボクサーとして、リミットを意識はされているのでしょうか。
吉田実代選手:いま35歳なので、長くてあと5年ぐらいかなと思っています。ボクシングは大好きですが、やはり年々衰えてくると思うので。今の自分はどんどん強くなっている途中なので、引退を感じることはないんですけどね。
でも、常に怪我などと隣り合わせの競技であるため、いつどうなるかわからないと思っています。その時が来たら潔く引退するかもしれません。今はまずビザが3年ありますし、その後もアメリカを拠点にしていきたいと思っているので、3年間思いっきりやりたいですね。
母親である吉田実代として、娘との人生も大切に過ごしていきたい
ー娘さんとのニューヨーク生活はいかがですか。
吉田実代選手:娘の環境を変えてあげたかったことも渡米の理由でもあるので、今の生活は快適です。
というのも、私は「(固定した組織に)雇われないボクサー」として働いていこうと決めているので、ボクサーの傍らでフリーランスのトレーナーをしていたんです。しかし、そうなるとボクシングやトレーニング以外の事務処理的な仕事なども生じてしまい、結局娘との時間を削らざる得ない生活をしていました。ボクシングは辞めたくはないけど、これ以上の生活改善はできないと完全に行き詰まっていましたね。
最終的に、日本ではシングルマザーがフリーランスとして働きながら、夢を目指せる環境を整えるのが難しいと感じ、「海外に拠点を移せばいいじゃん」と思ったんです。
アメリカでの生活は、やはり日本とは全然違いました。ニューヨークは子どもの教育にすごく力が入っていますし、18時以降に子どもを1人にしたら捕まってしまうんです。なので、朝8時と昼14時には娘の送り迎え、学校に行っている間に私はミーティングや事務作業をして、迎えに行った後に練習に行く場合は娘も同伴します。娘は「ママとずっと一緒にいれるから天国」と言ってくれています。
学校の教育もとても自由なので、毎日楽しそうに通っていたり、母としても嬉しい限りですね。
あと、先日私が時差ボケで、学校へ送る時間に少し遅れてしまったことがあったんです。で、「遅れてしまってすいません!」と何度も謝っていたら、娘が「ママ、先生が『大したことじゃないのに、そんなに謝るのはやめて』って言ってるよ」と教えてくれました。なんだか心に余裕ができたように感じて、こんな環境で娘を育てられることが嬉しくなりましたね。街を歩いていても、陽気に声をかけられたりして楽しいです。
ー「闘うシングルマザー」である吉田実代選手のニューヨーク生活話には、いろんな方の励みになるエッセンスがありますね。
吉田実代選手:娘には、生まれた時から「ボクサーの娘」「吉田実代の娘」として、良くも悪くもいろんな経験をさせてきたと思います。寂しい思いもたくさんさせてしまったので、1番の理解者でもありますが、やっぱり1番苦労かけている存在でもあると思います。
今は「ママ大好き」と言ってくれていますが、これから思春期を迎えるときにその寂しさから苦しむことだってあるかもしれない。そう考えたときに、娘との時間と自分が好きなボクシングどちらにも向き合える環境に変えようと思ったんです。ちょうど、娘が小学校に入学して数ヶ月しか経っていない頃だったので、「今しかない」と決意しました。
今、アメリカでの生活を楽しんでいる娘を見て、ボクサーの母として娘に贈れる最後のプレゼントだったような気がしています。
ー吉田実代選手ご自身の夢と、娘さんとの時間の確保を両立させる方法ではありますが、環境をガラッと変えるには相当の覚悟があったことと思います。
吉田実代選手:そうですね。日本にいても海外で試合はできますし、拠点をアメリカに移すことは大きな覚悟が必要でした。
昨年の7月ごろ、プロモーターにお会いした際に「娘と2人でニューヨークに来る覚悟はあるのか」と問われたんです。ある意味、その言葉で腹が決まったところもあります。
とはいえ、私自身ニューヨークはすごく好きですし、初めて訪れた時からどこか落ち着くような雰囲気も感じていたので、そう時間のかかる決断や覚悟ではありませんでしたね。
ー素敵ですね。吉田実代選手の愛溢れる強さに私自身も力をいただきました。
吉田実代選手:ありがとうございます。いや、強くなってきたんでしょうね。私も、話して気合が入りました。このままGoing my wayで突き進もうと決めました。
吉田実代選手、渡米後初の復帰戦
ニューヨーク現地時間の4月27日(木)19時30分(日本時間:4月28日8時30分)
https://boxmob.jp/sp/schedule/index.html?sid=6766
▼日本からの応援を届けたいという方はぜひこちらもご覧ください。
https://miyo.boxing-ticket.com/
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今回は、「闘うシングルマザー」で知られる吉田実代選手にお話を伺ってきました。
吉田実代選手は、出産後にボクシング競技へ復帰する際、「母親なんだから」「シングルマザーなんだから」と冷ややかな視線を向けられることもあったといいます。今回の取材の中でも、「自分のエゴだと思うこともあるんです」と寂しく呟かれたことが印象的でした。
この記事を書く私自身も、実はシングルマザーであるため、その心理には痛いほど共感できます。
しかし、自分の人生のうちで自分の夢を追いかけることはエゴではないはず。
子どもを言い訳にしない生き方、むしろ多くの母親が見つめ直していきたい部分だと思うんです。
吉田実代選手の人生を切り開いていく強さはなんなのか。
それは我が子、周囲の方々、自分自身に対する愛情そのものなのだろうと、取材をしていてその魅力に強く惹きつけられました。
子どもと、母親である自分と、1人の人間としての自分、全てに愛情を持って、大切に向き合っていきたいですね。